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友達がプロミスで借りた話

僕の友達は、プロミスでお金を借りました。高校を中退していてそこからお金も無いままかなり辛い人生を歩んでいます。中退した後は、たまに会う機会もありましたが仕事の話をしてもあんまり反応がなく聞いてもバイトでなんとかやりくりをしていますがバイトも辞めたりしてなかなか仕事が長続きしないですし正社員になれません。今では、同級生の間では、生きてるのかどうしてるのか謎に包まれたままです。とにかくわかるのは、お金がなく着る服もボロボロでいつ同じジャージを着ているということだけです。昔は、仲が良かったのですが今では、疎遠になりました。正直言ってこの問題は、自己責任なのかなと思います。お金がないのと仕事がないのは、どうにもできません。プロミスに行っても話を聞くのみで仕事を探してくれる場所では、ないのでお金と仕事は、自分でどうにかするしかありません。今の時代は、仕事は、いくらでもあるので少し稼ぐのは、難しくは、ないと思います。発想力と行動力の問題だと思うので本人がどこかで変わることができればお金持ちになれる可能性もあります。プロミスにお金を借りて返し終わったのかもわかりませんがお金がないため親とも関係性が悪いようで家にいても追い出されたりしてしまうそうです。悲しい現実だと思いますが中々どうにもできません。他人には、何もできないのでただただ話を聞いてアドバイスするのみです。お金を通して色んなことが知れた気がします。

会社倒産からの自己破産

自分の話は、亡くなった父親および自分自身の借金問題になりますが、生前父親の方は建設・土木の会社を経営していまして自分は父親の会社で働いていました。父親の会社は設立して約20年ほど経っていましたが、父親が亡くなる数年前から徐々に仕事の方が減り景気が悪い状態になっていました。父親の方も会社の経営をなんとか回している状態でしたが、父親の方はすごくお酒が好きな人で糖尿病などの病気と闘っていましたが、お酒の方を辞めることができず、通院や入院を繰り返す日々を送っていました。しまいには脳の疾患で亡くなってしまいました。その当時、仕事も減り従業員の方も皆、辞めていく始末で会社の方も借金が膨らんでいる状態で自分が会社を継ぐことは困難な状帯でしたので、残された自分と母親で今後の箏を相談して会社をしめることを決断しました、それでも会社の借金だけが残り、自分も収入がない状態になり、どうしたら良いのか悩みました。そんな時知り合いにこのことを相談したところ弁護士さんの方を紹介してもらえることになり、弁護士さんに相談することになりました。借金の方は約1000万円ほどありました。父親の方が生命保険に入っていたこともあり、そちらで弁護士費用が払えることができ、自分の方も500万円ほど借金がありましたので同時に弁護士さんに依頼して自分は自己破産を提案されました。自分も収入がなく返済も困難な状態でしたのですごく助かりました。弁護士さんには母子ともども感謝しかありません。

借りたお金を返しそびれて…

私は今、2年前に住んでいたところとは別の間に住んでいます。その2年前まで住んでいた街で働いていた会社で、悩み事があって相談をしていた同僚に飲み屋さんの大金を借りていたのですが、私はそれを返すことができずに今に至っています。 額としては10,000円弱なのですが、私はその会社をトラブルで退社せざるをえなくなってしまったので、急に退社することになってしまいました。いろんな問題が重なって、私はその時に精神的に不調をきたしてしまうようになり、会社はおろか、通常の社会生活も一時期送ることが難しくなっていました。 そうする中で、その同僚は会社の中では親しくしていたのですが、やはり社会の縁と言うのはそのつながりが切れてしまうと人とのつながりも切れてしまうものなのか、連絡を取ることがなくなってしまいました。 そこで、私はその借りがあることを一瞬忘れてしまい、生活を切り替えたいと言う思いから街を出ることにしたのです。 幸いにも生活環境を変えたことによって私の体調は元に戻ってきたのですが、その時にふと思い出したのがその同僚に出してもらった飲み屋さんの大金です。 いわば借金ではあるので、額も小さいわけではないため、人に歌詞を作っておいた上で返しそびれてしまい、現在は連絡先もわからないために振り込み等で返すこともできなくなってしまったため、借りたままとんずらをかいてしまったような結果になりましたので、私はくすぐるような罪悪感を常に抱いてしまっています。

軽い気持ちで貸したお金

私の元友人の中に、いつもお金に困っている人がいました。今思えばそれは困っていると言ってもお金の使い方に非常にルーズだったために自分で招いた結果だったのではないかと思います。 当時、私も仕事で余力があったため、その友人の相談に対してお金を少しずつ貸してあげていました。私もその友人のことが好きだったので、信用をしているかどうかと言うよりも、友情貸しのようなつもりで気軽に貸していました。 そんな軽い気持ちであった私も当然悪いと思うのですが、ある時急にその友人が家を引き払っていました。そういったお金のやり取りではなく何気ないやりとりをしようと思って連絡をしたところ全く返ってこなくなり、不安になった私は家を訪れたのですが、そのときにはもぬけの殻でした。 その友人に貸していたお金は、今思えば500,000円ほどだったのですが、決して小さな額ではありません。そもそもお金を貸す際は、あげたつもりで貸すと言う気持ちで貸していたので、そのお金を何とかして取り戻そうと言う鬱になったわけでは無いのですが、やはり金の切れ目は縁の切れ目というように、その友人との仲がお金で切れてしまったのではないかと思うと非常にやり切れない思いになります。 お金を借りる割には良いものを食べていたり、良いものを持っていたような気がするので、そういったところでは憤りを感じる気がしますが、それだけでは消化しきれない気持ちが今でも残っているのが事実です。それゆえに、少額訴訟などを起こしてまで取り戻をしようなどとは思えず、むしろ行方が分からなくなったことに対して少し心配すら感じています。

返せなかった奨学金

かつて、私は奨学金を借りて短期大学を卒業しました。やりたいことのために自分でお金を稼いで、自分で学校を卒業したいと言う思いから、学費の全額を自分で奨学金から賄っておりましたが、実際にはそうも甘い事は言ってられなくなってしまいました。 というのも、実際に社会人生活を初めて見た際に、自分の体が病気に蝕まれていることがわかり、同じ仕事が続けられなくなってしまった時期がありました。そのため、収入が安定せず、様々な出費でお金もなくなってしまい、毎月の返済が難しくなってしまったのです。 その結果、一括返済を求められ、その額はゆうに3,000,000円を超えていました。支払いに苦慮している状況で、その額は一気に払えるわけもなく、かといって再分割を要請したとしても聞き入れてもらうことができませんでした。 最終的にその時に取った行動は自己破産でした。その後ローンが組めなくなったりクレジットカードが持てなくなるなどといったような様々なことを懸念はしていましたが、そうも言ってられない状況でしたので、私は住んでいた街の市役所に併設している相談窓口を経由して弁護士を紹介してもらいました。 弁護士費用は法テラスを通じて支払うことができたので、そこはあまり負担になりませんでした。むしろ、一括の返済をする必要がなくなったことで肩の荷がおりたように思います。 とは言っても、本来返済するべきものが返済できない状況になったのも事実ですので、後ろめたさがずっとついてきてしまっています。これが私の借金の体験談です。

債務整理 北九州

意外な友人の借金

ある友人から借金の相談をされました。まじめな友人ですので、少額だと思いましたし、貸してあげるつもりでした。しかし、金額を聞いて驚きました。600万円もありました。その友人は、介護施設で働いていまして、優しい性格で、金遣いが荒いという印象もありませんでした。タバコも吸いませんし、お酒もあまり飲みません。私との付き合いは学生の頃からですので、10年以上ですが、一度も居酒屋にすら行こうという話になった事がありません。借金の理由はパチンコでした。親にも借金してますし、消費者金融にも多額の借金をしている状態でした。最初は50万円ぐらいはすぐに返せると甘く見ていたそうですが、段々と借入額が増えていったそうです。消費者金融を利用している人の多くが、最初はそんなに借りるつもりではなかったが、借入限度額まで借りてしまうのが、今の現状だそうです。仕事は介護施設がブラック企業という事で辞めてしまい、現在就職活動中です。なかなか採用されずに苦労しているようです。私はパチンコをしている人は脳に異常をきたしていて、人間として終わっていると思うので、お金を貸すのはやめました。代りに解決策を考えてあげる事にしました。消費者金融の金利が高いので、親からもっと借りて、消費者金融の借金を返した方がいいのではないかと進言しましたが、親にもなかなか借金の総額は言えないそうです。自己破産の事を一緒に調べたりしました。満足のいく解決は難しいようです。

闇金

20年ほど前です。 これは私の母のトラブルです。 私が当時中学生だったのですが、書き表せることが出来ないくらいのひどい言葉が書かれた手紙が自宅に届いたことが始まりでした。 中学生だった私もどんな内容かも分からなかったんですが、支払い滞納・催促の手紙でした。 電話もかかってきていたのですが、母が電話線自体を抜いたりなど私が居る時間に電話がかかってこないようにしていたみたいでした。 ですが、今ほど規制が厳しく無かったのか私の中学校の帰り道に私の名前で探していたと学校の先生から話をされました。 もちろん自宅に取り立てが来たときもありました。 父に私が話をしたことで問題が明るみになり、専業主婦の母が借金をしているなど思っていなかったようでひとまず弁護士に相談し、父方の祖父母の自宅に家族で避難をしました。 ちょうど夏休みだったので学校に行くには部活しか無かったのですが、それでも父が送り迎えをしてくれたのを今でも鮮明に覚えています。 母も最初は、父の会社の付き合いで5万程度借りたみたいなのですがそこから膨らみ100万にまでなっていたようです。 弁護士の債務整理を依頼し、過去支払った利息などの計算で元金を返金し解決したと思います。 何より自宅にいつ戻れるかも分からない状況でした。  実際は支払いを終えたはずですが、嫌がらせのよな手紙や電話が続き、学校にも噂が広まってしまい居づらさもあった為、転校を伴う引っ越しをしました。 当時の母もかなり参っていましたが、それ以上にストレスを感じたのは間違いなく子供の私だと思っています。 私も現在は結婚し子供が居ますが、子供には同じような境遇にしたくないのでお金の使い方には非常に気をつけています。 また、子供達にもお金の使い方はきっちりと教えています。

若気の至り

今から20年ほど前の話です、付き合っていた彼女がいましてその彼女は地方から出てきて一人暮らしをしていました。彼女は低所得でお金がなくその上一人暮らしなので生活が困窮していました。見るにみかねた私は出来る限りの事をしてあげようと思い生活用品や食品、様々な物を買ってあげる毎日でした。もちろん私も余裕がある方ではなかったですが彼女の為に手助けをしたいが一心で援助をしていましたが私自身もどんどん貯蓄が減っていきこのままでは自身の生活も厳しくなると思い何か手立てはないかと模索していました。そんな時に目にしたのが消費者金融でした。私もまだ若かったせいかよく考えもせずに借りたら返せばいいといった楽観的に考えていて躊躇なく借りてしまいました。手続きも簡単で1.2時間で数万円の現金を手に入れる事ができました。そして彼女の手助けの他、旅行に遊びに、様々な事にお金を使い借りたお金があっという間に無くなってしまいました。そして再び消費者金融に借りることに。気づいたら借りては使いそしてまた借りる、この繰り返しになってしまい、数万円の借金が数十万円とどんどん膨れあがりました。しまいには他の消費者金融にも手を出し百数十万円とどんどん借金が膨れ上がり毎月返す事が困難な状況に陥ってしまいました。最終的には3社から合計400万円ほど借りてしまい、自身の収入では返済する事が難しく弁護士に依頼をして債務整理を行うことになりました。今思えば何て馬鹿な事をしたのだろうと悔やんでも悔やみきれません。

かなり前の話となっております

じぶんは現在でありますが34歳の男性会社員をおこなっております。これは自分が中学時代に発覚をしたことであり、今から約20年前の体験談となっております。当時でありますが、私は自分の実家がお金持ちであると勘違いをしておりました。自分は父子家庭であり、父親は自分に厳しかったのですが、祖父がかなり自分に優しかったので、ほしいものは許容する限りでありますが、いろいろと買っていただきました。それが原因で金持ちと錯覚をしていたのだと思います。自分が中学受験を控えたときでありますが、父と祖父がお金のことでいろいろともめるようになりました。その光景を見ていて当時は何が行ったのかわかりませんでした。親戚なども集めて家族会議などもおこなうようになりましたが、自分は詳細などは伝えられていませんでした。半年間ほどでありますが、その状態が続きました。自分が成人を迎えられころでありますが、父と親族から当時の事実を伝えられました。大体は自分も察しがついていたのですが、借金です。ギャンブルにはまってしまい、後輩などに飲み代などもよくおごる癖があったようで、その借金の総額でありますが、400万円~500万円はあったようです。それで父親の会社にも借金の催促が来るようになりました。結果でありますが、親戚が借金の肩代わりをおこなうことで一件落着となったようです。ですが、それが原因でうちの家族と親戚の関係が悪化をしてしまい、それ以降でありますが、あまり交流をしないようになりました。

事業での借入資金が返せない

個人的に事業を行っていたのですが、当時独立的には会社員時代の貯金を資金にして仕事をしており、貯金自体も一年間はなんとかなるだろうと思っていました。しかし、会社員時代と違って年金の支払いや保険の支払いなどと言った福利厚生の部分を自分自身で支払わなければならなかったり、新しい機材の導入などもあって半年くらいで資金的に不安を感じました。  そのため、近所にあった銀行に資金の借り入れの相談に行ったところ、独立して間もなかったので様々な書類を提出する必要がありましたが、審査自体は無事に通ったのでお金を貸してもらうことが出来ました。ここでその資金を元手に新しい仕事を獲得するなどして積極的に営業をすれば良かったのですが、手元にある程度のお金がはいって来たために借金であるにも関わらず、気持ちが抜けてしまった私はそこから積極的に仕事するでもなく毎日のんびりとしていました。  最初の方は毎月の返済自体も借りたお金が余っていたのでそこから返せていましたが、徐々にお金が減ってくると焦ってきました。そこでようやく私は自分自身の置かれている状況についてもう一度考え直して、このままでは借金返済だけでなく生活も出来なくなることに気が付きました。  そこから私は心を入れ替えて積極的に営業をかけるようにしたり、単価の低い仕事でも丁寧に仕事をすることによって営業先から信頼を勝ち取ることが出来ました。収入増加によって滞りなく返済できましたが、あの時気持ちを入れ替えなかったらどうなっていたかと考えると怖くなります。